すごいぞ!化学ポテンシャル

院試勉強のついでに化学ポテンシャルについて簡単にまとめようかなって。

1. 化学ポテンシャルとは

とりあえず、化学ポテンシャルとは何なのかということから入りますと、ざっくり言えば、

「ある化学変換(だけではないけど)に伴う熱力学量のこと」
です。もう少しだけきちんと言えば、
「粒子種が系に1mol 生成/流入 することによって増加するエネルギー(自由エネルギー)のこと」
です。定義は簡単に「粒子種の生成/流入で増える何か」とでも捉えましょう。

粒子種と書きましたが、これは化学ポテンシャルは種類の違う粒子(水とオキソニウムイオンとか)のそれぞれに定義されているものだからです。

1.1 化学ポテンシャルで表せること

化学ポテンシャルはいろいろな現象で活躍します。原則、粒子が増えたり減ったりする現象なら大体使えます。例を挙げると、

この2つが主になりますが、この2つを表現できることによって導ける等式はかなり豊富で、 などなど、いろいろあります。

1.2 化学ポテンシャルとその周辺の数式

まず、化学ポテンシャルは、普通 \(\mu\) で表し、圧力Pと温度Tの関数ですから、粒子種kの化学ポテンシャルを $$\mu_k(P,T)$$ と書きます。

よく耳にするギブズエネルギーは、化学ポテンシャルとモル数の積の和で表せて、

$$G(P,T,N_k) = \sum_{k} \mu_k(P,T) \cdot N_k$$

となります。実際、化学ポテンシャルで平衡状態の現象が記述できるのは、このギブズエネルギーとの繋がりのおかげでもあります。

ちなみに、1成分系だと、 $$G(P,T,N_k) =  \mu_k(P,T) \cdot N_k$$ なので、化学ポテンシャルとは(1成分系では)1molあたりのギブズエネルギーのことだということがわかります。一般的には、 $$\left( \frac{\partial G }{\partial N_k} \right )_{P,T,N_i} = \mu_k(P,T)$$ となり、「粒子種kのモル数を1mol増加したときのGの増加量がkの化学ポテンシャルに相当する」ということになります。
(ここで、偏微分の右下の添字はこの操作中(kのモル数を増やす)に固定されているパラメータを表します。つまり、圧力、温度、他の粒子種のモル数を一定に保ったままkのモル数だけ増やす、ということです)

あともう一つだけ紹介しておくと、圧力、温度一定での粒子種のモル数変化によるギブズエネルギーの変化は、

$$\Delta G(P,T,N_k) = \sum_{k} \mu_k(P,T)~\Delta N_k$$

となります。これは上の式を考えても直観的な式でしょう。

平衡状態では\(\Delta G = 0\)がなりたつので、 $$\sum_{k} \mu_k(P,T)~\Delta N_k = 0$$ という式が平衡状態を記述する重要な等式になります。

ex)

1例として、次の反応式、\(A \rightleftharpoons B\) を考えてみます。

このとき、ギブズエネルギー変化は、 $$\Delta G(P,T,N_k) = \mu_A(P,T)~\Delta N_A + \mu_B(P,T)~\Delta N_B$$ となります。ここで、AとBは1:1で反応する、つまり、Aが減った分だけBが増えることを考えると、 $$\Delta N_A + \Delta N_B = 0$$ なので、\( \Delta N = -\Delta N_A = \Delta N_B\)とおいてやると、 $$\Delta G(P,T,N_k) = (-\mu_A(P,T)+ \mu_B(P,T))\Delta N$$ となります。よって、平衡状態を表す等式は、 $$(\mu_B(P,T) - \mu_A(P,T))\Delta N = 0$$ となり、 $$ \mu_B(P,T) = \mu_A(P,T)$$ が平衡状態になりたつ式ということになります。化学ポテンシャルが釣り合っているように見えますね。

2. 理想気体の化学ポテンシャル

2.1.1 1成分の化学ポテンシャル

さて、早速、化学ポテンシャルの実際の形を見ていきます。まずは理想気体の化学ポテンシャルです。気圧、温度をそれぞれP,Tとすると、

$$\mu_k^{\rm{o}}(P,T) = \mu_k^{\rm{o}}(P_o,T) + RT\ln \left( \frac{P}{P_o} \right)$$

となります。

ここで、いくつか解説します。

\(P_o\)は標準圧力のことで、普通は1barです。別に1barを代入してもいいのですが、なにせ「1」なので、理論的な計算をしていく上では少し面倒で、\(P_o\)のままにしておきます。もちろん、標準圧力の単位はPの単位と揃えればOKです。atmでもPaでもお好きなのをどうぞ。

\(\mu_k^{o}(P_o,T)\)は、標準圧力、温度Tでの化学ポテンシャルで、「純粋気体・標準圧力での化学ポテンシャル」です。圧力が標準圧力と決まっているので、普通は\(\mu_k^{\rm{o}}(T)\)と書きます。

気体の化学ポテンシャルでは純粋成分の化学ポテンシャルには右肩に○をつけて示します。これは、混合気体の化学ポテンシャルにおいて、純粋成分の化学ポテンシャルが「基準」のように振る舞うためです。

ちなみにこの標準圧力での化学ポテンシャルは実測データから求めるものであって、計算で出るものではないので注意。上の式は、標準圧力での化学ポテンシャルが分かっているときに、任意の圧力Pでの化学ポテンシャルを求める式、と言えそうです。

2.1.2 多成分の混合理想気体の化学ポテンシャル

次は、多成分が混合している気体の化学ポテンシャルです。分圧\(P_k\)を用いると、粒子種kの化学ポテンシャルは、

$$\mu_k(P,T) = \mu_k^{\rm{o}}(T) + RT\ln \left( \frac{P_k}{P_o} \right)$$

さっきと違うところは、対数の中のPが分圧\(P_k\)になっていることだけです。 もちろん、右辺1項目は「純粋成分・標準圧力での化学ポテンシャル」です。

この式では、色々といじくれる変数は分圧です。しかし、場合によっては分圧ではなく他のパラメータで化学ポテンシャルを表したいこともあります。

2.1.2.1 モル分率をパラメータにする

ドルトンの分圧の法則というのは、

$$ P_k = x_k ~ P$$

すなわち、「分圧は全圧とモル分率の積に等しい」というものです。

そのままこの式を混合理想気体の化学ポテンシャルに代入してやると、 $$\mu_k(P,T) = \mu_k^{\rm{o}}(T) + RT\ln \left( \frac{x_kP}{P_o} \right)$$ 式変形していくと、 $$\begin{eqnarray*}\mu_k(P,T) &=& \mu_k^{\rm{o}}(T) + RT\ln \left( \frac{x_kP}{P_o} \right)\\ &=& \mu_k^{\rm{o}}(T) + RT\ln\left( \frac{P}{P_o} \right) + RT\ln x_k\\ &=& \mu_k^{\rm{o}}(P,T) + RT\ln x_k \end{eqnarray*}$$ 2つ目から最後の等式への変換は、1成分の化学ポテンシャルの式を用いています。

というわけで、ドルトン分圧の法則を使うことで、混合理想気体の化学ポテンシャルはモル分率をパラメータとして表せるようになります。

$$\mu_k(P,T) = \mu_k^{\rm{o}}(P,T) + RT\ln x_k$$

この式では、「基準」は「圧力P,温度Tでの純粋理想気体の化学ポテンシャル」です。今までは「基準」として標準圧力での化学ポテンシャルを用いていましたが、今回は違うことに注意してください。

ex)

成分kのモル分率が0.5のとき、化学ポテンシャルは純粋状態に比べてどれだけ変化するかを求めてみよう。モル分率に0.5を代入すると、 $$\mu_k(P,T) = \mu_k^{\rm{o}}(P,T) + RT\ln 0.5\\ \therefore \mu_k(P,T) - \mu_k^{\rm{o}}(P,T) = -RT\ln2 = -0.693 RT$$ となります。

T = 300K を考えてみると、RT ≒ 2494 J/mol なので、約1728J/mol だけ化学ポテンシャルが減少することが分かります。

2.1.2.2 濃度をパラメータにする

次に、理想気体の状態方程式、 $$P_k = c_k RT$$ を代入してみましょう。ここで、\(c_k\)は成分kの濃度です。 $$\begin{eqnarray*}\mu_k(P,T) &=& \mu_k^{\rm{o}}(T) + RT\ln \left( \frac{c_k RT}{P_o} \right)\\ &=& \mu_k^{\rm{o}}(T) + RT\ln \left( \frac{c_o RT}{P_o} \right) + RT\ln \left( \frac{c_k}{c_o} \right )\\ &=& \mu_k^{c}(T) + RT\ln \left( \frac{c_k}{c_o} \right ) \end{eqnarray*}$$ よって、濃度をパラメータとする化学ポテンシャルは次のようになります。

$$\mu_k(P,T) = \mu_k^{c}(T) + RT\ln \left( \frac{c_k}{c_o} \right )$$

ここで、\(c_o\)は基準濃度とでも言えばよい値で、つまりは 1 mol/Lです。対数の真数部は無単位でないといけないので、濃度をパラメータとするときは「1mol/Lとの比」という形で導入します。

濃度をパラメータにした場合、諸々を基準となる化学ポテンシャルに押しつけたせいで、基準が今までとはかなり違ったものになっています。これを\(\mu_k^{c}(T)\)と表します。

この基準の物理的意味をちょっと考えてみましょう。\(c_o RT\)というのは「濃度1mol/Lのときの圧力」に相当します。
ですから、\(\mu_k^{c}(T)\)は「純粋理想気体・濃度1mol/Lのkの化学ポテンシャル」と解釈できます。

当たり前ですが、\(\mu_k^{c}(T)\)はPを含みませんから、変数としてはTだけを持ちます。


以上で、混合理想気体の化学ポテンシャルを分圧・モル分率・濃度をそれぞれパラメータにした形で見てきました。実際の気体(実在気体)は、理想性が条件によっては崩れてくるので「調整係数」みたいなものを導入しますが、液体に比べて気体は理想性が崩れにくいこともあり、ほとんどの問題を考える上ではあらゆる気体は理想気体として扱って差し支えありません。

2.2 標準反応ギブズエネルギー

これで気体について何かを考える準備が整いました。このまますぐに液体の化学ポテンシャルにうつってもいいのですが、せっかくなので今までの知識を少し利用してみましょう。

ある反応を考えます。一般的に、化学反応式は、 $$ -\nu_1 X_1 - \nu_2 X_2 + ... - \nu_n X_n \rightleftharpoons \nu_{n+1} X_{n+1} + ... + \nu_{m} X_m$$ と書けます。ここで\(\nu\)は化学量論係数、つまり反応式に出てくる係数に相当するもので、Xは化学種です。
化学量論係数は反応系で負、生成系で正をとる整数で、絶対値は反応式の係数に等しくなります。つまり、化学量論係数は「1当量反応が進んだときのその化学種のモル数の変化」を表します。

この一般的な反応式を使えば、一般的な結論が出てくるのですが、式が少し煩雑になるため、ここでは具体例について考えたいと思います。

反応式、\(2A + 3B \rightleftharpoons C + 4D\) を考えます。このとき、ギブズエネルギー変化は、それぞれのモル数変化と化学ポテンシャルの積の和で書けて、 $$dG = \mu_A~dN_A + \mu_B~dN_B + \mu_C~dN_C + \mu_D~dN_D$$ となります。(見やすさのため、(P,T)は省略しています。)

さて、化学反応ですから、それぞれのモル数変化には関連があって、1当量反応が進むと、Aは-2mol, Bは-3mol, Cは+1mol, Dは+4mol 変化します。
共通の変数として\(d\xi\)(クシィ/クサイ)を使うと、 $$dN_A = -2d\xi,~ dN_B = -3d\xi,~ dN_C = d\xi,~ dN_D = 4d\xi$$ と書けるので、先ほどのギブズエネルギー変化の式に代入してまとめると、 $$dG = (-2\mu_A -3\mu_B + \mu_C + 4\mu_D)d\xi$$ となります。

さて、ここで、多成分混合理想気体の化学ポテンシャル、 $$\mu_k(P,T) = \mu_k^{\rm{o}}(T) + RT\ln \left( \frac{P_k}{P_o} \right)$$ をそれぞれに代入してまとめると、 $$dG = \left( (-2\mu_A^o(T) -3\mu_B^o(T) + \mu_C^o(T) + 4\mu_D^o(T)) + RT\ln\left( \frac{(P_C/P_o)(P_D/P_o)^4}{(P_A/P_o)^2(P_D/P_o)^3} \right)\right)d\xi$$ となります。

この等式の右辺の第一項、\((-2\mu_A^o(T) -3\mu_B^o(T) + \mu_C^o(T) + 4\mu_D^o(T))\)は、標準反応ギブズエネルギーといい、 $$\Delta_r G^o = -2\mu_A^o(T) -3\mu_B^o(T) + \mu_C^o(T) + 4\mu_D^o(T)$$ と表します。一般的には、化学量論係数\(\nu_k\)を使って、

$$\Delta_r G^o = \sum_k \nu_k \mu_k^o(T)$$

となります。どうってことはないですね!

注意としては、この標準反応ギブズエネルギーは標準圧力を採用しているので、温度だけに依存します。(つまり、化学ポテンシャルの基準の違いによって標準反応ギブズエネルギーの形も若干変わってきます)

さて、標準反応ギブズエネルギーでさきほどの式を書き直すと、 $$dG = \left(\Delta_r G^o(T) + RT\ln\left( \frac{(P_C/P_o)(P_D/P_o)^4}{(P_A/P_o)^2(P_D/P_o)^3} \right)\right)d\xi$$ となります。この形はよく出てきます。

平衡状態では、\(dG = 0\) ですから、 $$\Delta_r G^o(T) + RT\ln\left( \frac{(P_C/P_o)(P_D/P_o)^4}{(P_A/P_o)^2(P_D/P_o)^3} \right)=0$$ となります。

またまた新たな量を定義しましょう!圧平衡定数を平衡状態の分圧をもちいて、 $$K_p(T) =  \frac{(P_C/P_o)(P_D/P_o)^4}{(P_A/P_o)^2(P_D/P_o)^3}$$ と定義します。もちろん、これは平衡状態でのみ成り立つことに注意してください。

一般的には、

$$K_p(T) = \prod _k (P_k/P_o)^{\nu_k}$$

と定義されます。\(\nu\)は反応系で負、生成系で正ですから、分母に反応物、分子に生成物がきます。

さて、この圧平衡定数と標準反応ギブズエネルギーには、先ほどの式から

$$K_p(T) = \exp\left( -\frac{\Delta_r G^o(T)}{RT} \right)$$

もしくは、

$$\Delta_r G^o(T) = -RT\ln K_p$$

という関係式が成り立つことが分かります。圧平衡定数から標準反応ギブズエネルギーが求められるということです。

今回使った化学ポテンシャルの式は分圧をパラメータとしたものでした。もちろん、モル分率をパラメータにした式、濃度をパラメータにした式のどれを使っても構いません。

モル分率を使った場合、平衡定数\(K_x\)はモル分率で表され、標準反応ギブズエネルギー\(\Delta_r G^o_x\)はPとTの関数になります(基準の化学ポテンシャルが(P,T)の関数なので)。

濃度を使った場合、平衡定数\(K_c\)は濃度比で表され、標準反応ギブズエネルギーは、 $$\Delta_r G^o_c = \sum_k \nu_k \mu^c(T)$$ となるので、やはり、他の2つとは違ってきます。

2つのパラメータを使った関係式は演習問題として残しておきます。やりかたはさっきと全く変わらないので、計算だけです。ちなみに、式の形も分圧の場合とほとんどそっくりです。

3.1 凝縮相の化学ポテンシャル

3.1.1 純粋成分 k 凝縮相の化学ポテンシャル

凝縮相というのは液体、固体のことです。一般に凝縮相の化学ポテンシャルは圧力によってほとんど変化しないので、 $$ \mu_k^*(P,T) = \mu_k^*(T)$$ となります。右辺はいつものごとく「標準圧力での1成分kの化学ポテンシャル」です。

圧力によってほとんど変化しないというのは、凝縮相が圧力変化によって体積がほとんど変化しないことに起因します。

また、凝縮相では純粋成分の化学ポテンシャルを*で表すことに注意してください。気体では○でしたが、凝縮相(特に液体)では○は別の「基準」のために取っておきます。

3.1.2 純粋成分kの気液共存での化学ポテンシャルの釣り合い

ある成分kが容器(ピストン)に入れられて、気液共存している状態を考えます。

このとき、\(k(l) \rightleftharpoons k(g)\)という相変化が平衡状態にあります。
ここで、\(l\)は液体(liquid)、\(g\)は気体(gas)を表します。

さて、微小量\(dN\)が液体から気体に移動することによるギブズエネルギー変化は、 $$d G = - \mu_l(P,T) dN + \mu_g(P,T) dN = (\mu_g(P,T) - \mu_l(P,T))dN$$ となります。液体粒子はdNだけ減り、気体粒子はdNだけ増えるのでこうなりますね。

この平衡状態を考えると、dG=0なので、 $$ \mu_l(P,T) = \mu_g(P,T)$$ となります。液体の化学ポテンシャルは圧力にほとんどよらないこと、気体は理想気体として振舞っていると近似すれば、 $$ \mu_l^*(T) = \mu_g^o(T) + RT \ln \left( \frac{P}{P_o} \right)$$ となります。 気液共存下の圧力は飽和蒸気圧なので、\(P = P_k^*\)とすれば、

$$ \mu_l^*(T) = \mu_g^o(T) + RT \ln \left( \frac{P_k^*}{P_o} \right)$$

この式を変形することで、標準化学ポテンシャルの差が飽和蒸気圧に影響していることが分かります。また、この式は次の節でかなり重要になってきます。

3.2 混合凝縮相の化学ポテンシャル

さて、純粋であれば、凝縮相の化学ポテンシャルは圧力に変化しなかったわけですが、混合溶液にした場合はどうなるでしょう?

混合溶液の成分kの化学ポテンシャル\(\mu_k(P,T)\)が気液共存下にあるとすると、3.1.2で求めたように、 $$\mu_{k,l}(P,T) =  \mu_{k,g}^o(T) + RT \ln \left( \frac{P_k}{P_o} \right)$$ とできます。ここで、\(P_k\)は成分kの蒸気圧です。混合溶液なので、純粋液体のときの飽和蒸気圧とは違った値になります。

さっき求めた純粋成分kでの気液共存下での化学ポテンシャルの関係式は、 $$ \mu_{k,l}^*(T) = \mu_{k,g}^o(T) + RT \ln \left( \frac{P_k^*}{P_o} \right)$$ であり、この式を先ほどの式から引いてやると、気体の標準化学ポテンシャル成分が消えて、 $$ \mu_{k,l}(P,T) = \mu_{k,l}^*(T) + RT \ln \left( \frac{P_k}{P_k^*} \right)$$ となります。これは混合理想気体の化学ポテンシャルと少し似ていますね。
ただし、対数の真数部の分母が標準圧力でなく「成分kだけがあるときの飽和蒸気圧」であることに注意してください。

今、気液共存で求めましたが、同じことが気固共存でも成り立ちます。よって一般に凝縮相において、

$$ \mu_{k}(P,T) = \mu_{k}^*(T) + RT \ln \left( \frac{P_k}{P_k^*} \right)$$

が成り立ちます。この式はおそらく化学ポテンシャルの式の中でもっとも重要です。

3.2.1 理想的な溶液

これからは、よく問題として出てくるであろう液体に焦点を絞って考えていきます。

3.2の最後の式、 $$ \mu_{k}(P,T) = \mu_{k}^*(T) + RT \ln \left( \frac{P_k}{P_k^*} \right)$$ は、もっとも一般的に成り立つ式(気体の理想性さえ崩れなければ!)ですが、成分kの蒸気圧というのはあまり使い勝手のよくないパラメータです。
たとえば、モル分率をパラメータとして使えると使い勝手がよさそうです。

ということで、一般的な式は少し使いにくいので「理想的な」溶液を考えましょう。
理想気体のことを少し思い返してみると、あれはいくつかの法則が常に成り立つような気体として定義されていました:

理想気体は、高温低圧であればかなりいい近似の気体として使えます。すなわち、そもそもの前提である3つの法則は比較的高温でかつ比較的低圧な条件でのみ成り立つ式なわけで、その条件から外れるとあまり成り立たなく法則であり、よって実在気体も理想性を保てなくなってくるわけです。

理想的な溶液も、理想気体のようにいくつかの法則が常に成り立つような溶液として定義すればよさそうです。そこで、溶液に関する重要な2つの法則を採用します。

  1. Raoult's law (ラウールの法則) : 希薄溶液の溶媒について、\(P_k = P_k^* x_k\) (\(x_k\)は1に近い)
  2. Henry's law (ヘンリーの法則) : 希薄溶液の溶質について、\(P_k = K_B x_k\) (\(x_k\)は0に近い)(\(K_B\)はヘンリー定数)

ヘンリー定数は粒子種に固有の定数です。ヘンリーの法則は確かに溶質についていい近似をもたらしそうですが、この「固有の」というのが厄介で、理想的な溶液の普遍性が少し落ちます。

と、いうことで、理想溶液を次のように定義します:

「理想溶液(完全溶液とも)は、すべての成分、あらゆるモル分率においてラウールの法則が成り立つような溶液」
つまり、すべての成分kにおいて、\(P_k = P_k^* x_k\)が成り立つような溶液です。

しかし、これは少しばかり強引な溶液です。そもそも溶質に関してはラウールの法則は実際は成り立ちません。
そこで、理想希薄溶液を次のように定義します:

「理想希薄溶液とは、溶媒ではラウールの法則が、溶質ではヘンリーの法則があらゆるモル分率について成り立つような溶液」
理想希薄溶液は理想溶液よりも実在溶液に忠実です。実在溶液と決定的に違うのは、ラウール/ヘンリーの法則があらゆるモル分率で成り立つとしているところだけです。

理想気体と対比してみると、理想気体は高温低圧でいい近似であるのに対し、理想希薄溶液では溶媒のモル分率が1に近く、溶質のモル分率が0に近ければいい近似である、と言えます。

理想的な溶液が2つ出来上がりました。ここからはこの2つの溶液では化学ポテンシャルがどうなるかを見ていきましょう。

3.2.1.1 理想溶液(完全溶液)

理想溶液の定義は、「すべての成分、あらゆるモル分率においてラウールの法則が成り立つような溶液」であり、
ラウールの法則というのは、\(P_k = P_k^* x_k\)でした。

3.2で求めた溶液の化学ポテンシャルの式、 $$ \mu_{k}(P,T) = \mu_{k}^*(T) + RT \ln \left( \frac{P_k}{P_k^*} \right)$$ に、\(P_k = P_k^* x_k\)を代入すると、

$$ \mu_{k}(P,T) = \mu_{k}^*(T) + RT \ln x_k $$

となります。この式はめちゃくちゃ簡単ですね。(そのため強引な理想性を要求したのですが)

もちろん、理想溶液の定義から、この式は溶媒、溶質の両方で成り立つことに注意してください。
また、基準となる化学ポテンシャルは溶媒・溶質ともに「成分kの純粋な液体の化学ポテンシャル」です。

3.2.1.2 理想希薄溶液

理想希薄溶液の定義は、「溶媒ではラウールの法則が、溶質ではヘンリーの法則があらゆるモル分率について成り立つような溶液」であり、
ヘンリーの法則は、\(P_k = K_B x_k\)で表されます。

理想希薄溶液の溶媒の化学ポテンシャルは、すべてのモル分率の範囲でラウールの法則が成り立つという条件での化学ポテンシャルですから、理想溶液の場合とまったく同じで、

$$ \mu_{k}(P,T) = \mu_{k}^*(T) + RT \ln x_k $$

となります。

理想希薄溶液の溶質の化学ポテンシャルは、すべてのモル分率範囲でヘンリーの法則が成り立ちますから、 $$ \mu_{k}(P,T) = \mu_{k}^*(T) + RT \ln \left( \frac{P_k}{P_k^*} \right)$$ に、\(P_k = K_B x_k\)を代入すると、 $$ \begin{eqnarray*} \mu_{k}(P,T) &=& \mu_{k}^*(T) + RT \ln \left( \frac{K_B x_k}{P_k^*} \right)\\ &=& \mu_{k}^*(T) + RT \ln \left( \frac{K_B}{P_k^*} \right) + RT\ln x_k\\ &=& \mu_k^o(T) + RT\ln x_k \end{eqnarray*}$$ となり、モル分率をパラメータとして使える式ができます。

$$\mu_{k}(P,T)=\mu_k^o(T) + RT\ln x_k$$

ここで注意したいのは\(\mu_k^o(T)\)です。これは\(\mu_{k}^*(T) + RT \ln \left( K_B/P_k^* \right)\)を置き換えたものなので「成分kの純粋な液体の化学ポテンシャル」ではありません。 これは溶質の標準化学ポテンシャルと呼ばれ、物理的な意味としては「希薄溶液に溶けているような環境を維持したままモル分率を1にしたときの成分kの化学ポテンシャル」です。かなり奇異に聞こえますが、尤もで、かなり仮想的な状態です。

3.2.2 実在溶液とのズレ

3.2.1では、理想的な溶液について考えてきました。おさらいすると、完全溶液では溶質と溶媒はともに同じ化学ポテンシャルで記述でき、 $$ \mu_{k}(P,T) = \mu_{k}^*(T) + RT \ln x_k $$ 一方、理想希薄溶液では、溶媒と溶質で表現が変わり、

となりました。ここで、\(\mu_k^o(T)\)は溶質の標準化学ポテンシャルでした。

この2つの溶液はもちろん理想化したものなので、実在溶液では振る舞いが異なります。
これらの元となった溶液の化学ポテンシャルは、蒸気圧を用いた $$ \mu_{k}(P,T) = \mu_{k}^*(T) + RT \ln \left( \frac{P_k}{P_k^*} \right)$$ であり、これは実在溶液にも成り立つより一般的な(でも扱いづらい)式でした。

実在溶液についてはこの蒸気圧の式を使ってもいいわけですが、せっかく理想的な溶液を定義したのでアプローチの仕方を少し変えてみましょう。
すなわち、実在溶液は理想(希薄)溶液に修正項(修正係数)を加えて表現すると考えます。

実際には、パラメータであるモル分率に実在溶液とのズレを補正するような係数(活量係数)を掛けることで修正しようとします。活量係数は\(\gamma\)で書かれ、
実在溶液の化学ポテンシャルは、

となります。\(a_k = \gamma_k x_k\)と活量という量を導入すればもっと簡単に、 と書けます。実在溶液では、(理想的な溶液では無視されていたような要素により)パラメータがモル分率ではなく活量となる、と考えられます。

活量係数はもちろんモル分率の関数(モル分率の値によって変動する)です。
活量係数は実験によって求められます。蒸気圧パラメータの式と活量係数を加えた式は等しいはずなので、溶媒・溶質それぞれで次のように求められます。

・溶媒 $$\mu_{s}^*(T) + RT \ln \gamma_s x_s = \mu_{s}^*(T) + RT \ln \left( \frac{P_s}{P_s^*} \right)\\ \therefore \gamma_s x_s = a_s = \frac{P_s}{P_s^*} $$ つまり、あるモル分率での蒸気分圧、純粋液体での飽和蒸気圧がわかれば活量係数は求められます。

溶質 $$\mu_k^o(T) + RT\ln \gamma_k x_k =  \mu_{k}^*(T) + RT \ln \left( \frac{P_k}{P_k^*} \right)$$ \(\mu_k^o(T) = \mu_{k}^*(T) + RT \ln \left( K_B/P_k^* \right)\)を代入して整理すると、 $$ \gamma_k x_k = a_k = \frac{P_k}{K_B}$$ これより、あるモル分率でのヘンリー定数と蒸気分圧がわかれば求められます。

実在溶液について簡単に見てきましたが、問題の上では理想(希薄)溶液を使うことがほとんどです。活量、活量係数という概念があるということだけ押さえておきましょう。

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4.1 相転移とちょっとした数式の準備

3章まではひたすら化学ポテンシャルについてやっていきました。ここで相転移の問題でよく出てくるクラジウスクラペイロンの式を導出してみたいと思います。

そのために、いくつか、化学ポテンシャルとは少し離れた(でも密接な)数式について少し紹介します。

4.1.1 ギブズエネルギーの全微分式とGibbs-Duhemの式

1成分を考えます。ギブズエネルギーの表し方は1章でもやりました。 $$G = n \mu$$ これに加えて、ギブズエネルギーの全微分式というのがあって、

$$dG = -S dT + VdP + \mu dn$$

となります。これの見方は「温度/圧力/粒子数の微小増加によるギブズエネルギーの変化量はエントロピーの逆符号/体積/化学ポテンシャルに等しい」です。

たとえば、圧力、粒子数一定では、dP=dn=0なので、 $$dG = -S dT\\ \therefore (dG/dT) = -S$$ というように、形式的に偏微分の形に持って行くことができます。

このギブズエネルギーの全微分式は覚えておきましょう。

さて、\(G = n \mu\)から全微分式を作ると、 $$dG = \mu dn + n d\mu$$ となります(積の微分を意識すると分かるかと思います)。

これは先程覚えたであろうギブズエネルギーの全微分式と同じはずなので、片方からもう片方を引いてやると、 $$0= (\mu dn + n d\mu) - (-S dT + VdP + \mu dn)$$ これを\(d\mu = ...\)の形に整理すると、

$$ d\mu = -\frac{S}{n} dT + \frac{V}{n} dP$$

となります。この等式をギブズ・デュエムの式といいます。

また、各項の係数をモルエントロピー \(S_m = S/n\), モル体積 \(V_m = V/n\) と言ったりするので、これを用いて書き直せば

$$d\mu = -S_m dT + V_m dP$$

と簡単な形にまとめられます。

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4.1.2 相転移におけるエントロピー変化とエンタルピー変化

相転移によって、エントロピーとエンタルピーはがくっと変化します。
これは導出もなにも、もうエントロピーの定義式みたいなものなので覚えてしまいましょう。

$$\Delta S = \frac{\Delta H}{T}$$

どうしても覚えられない!覚えたくない!というのであれば、実はこれはギブズエネルギーの定義から導出できます。

ギブズエネルギーは

$$G = H - TS$$

と定義されます。相転移では二相共存しているので、化学ポテンシャルが釣り合っており、すなわち、ギブズエネルギーが変化しません(\(\Delta G = 0\))。
定義式から全微分を作り、さらに相転移中は温度が一定である(\(\Delta T=0\))を考えると、 $$\Delta G = \Delta H -T\Delta S -S \Delta T = \Delta H - T \Delta S = 0$$ これを変形することで、先ほどの式が出てきます。

4.2 Clausius-Clapeyronの式(1成分)

おそらく問題でよく出てくるこの式ですが、どんなものかというと、「二相共存下での温度変化による圧力変化」を表します。

もう少し詳しくいうと、二相共存下では変数の自由度が1つ減ってしまうので、温度を決めれば圧力も勝手に定まるという状態になります。
p-T図でいうと、二相共存はある1本の曲線上に乗ります。(この曲線を二相共存曲線といいます。気液共存曲線とか固液共存曲線とか)
そこで、クラジウス-クラペイロンの式はその曲線の傾きの正負を教えてくれるわけです。

しかし、やることは今までと何も変わりません。相変化が平衡状態ではそれぞれの相の化学ポテンシャルが釣り合うことから始め、色々と式変形するだけです。

ある相Ⅰとある相Ⅱの共存下にあるとします。平衡の状態では、お互いの化学ポテンシャルが釣り合い(厳密にいえば、化学ポテンシャルの差分(ギブズエネルギー変化)が0になる)、 $$ \mu_1 = \mu_2 $$ となります。さて、共存曲線上に沿って、今の状態である点から少しずらした状態を考えます。この点も共存曲線上にあり、すなわち二相共存下の状態ですから化学ポテンシャルは釣り合っています。
つまり、共存曲線上に沿って動かした場合、それぞれの化学ポテンシャルの変化は等しいはずで $$ d\mu_1 = d\mu_2$$ がなりたちます。

さて、ここで、ギブスデュエムの式から、 $$d\mu_1 = -S_{m1} dT + V_{m1} dP$$ $$d\mu_2 = -S_{m2} dT + V_{m2} dP$$ なので、代入して、\(dP/dT\)について解くと、 $$\frac{\mathrm{d} P}{\mathrm{d} T} = \frac{S_{m1} - S_{m2}}{V_{m1}-V_{m2}}$$ となります。

分子は相変化によるモルエントロピー変化であり、分母は相変化によるモル体積変化です。 これらをそれぞれ、\(\Delta S_m\), \(\Delta V_m\)と書くと、 $$\frac{\mathrm{d} P}{\mathrm{d} T} = \frac{\Delta S_m}{\Delta V_m}$$</p>

さて、ここで、さっき覚えた相変化によるエントロピー変化とエンタルピー変化の関係式、 $$\Delta S = \frac{\Delta H}{T}$$ を両辺モル数で割ったもの(つまりモルエントロピーとモルエンタルピーにしたもの)を代入すると、

$$\frac{\mathrm{d} P}{\mathrm{d} T} = \frac{\Delta H_m}{T \Delta V_m}$$

となります。これがクラウジウスクラペイロンの式です。

クラウジウスクラペイロンの式から何が分かるか少し考えてみましょう。
モルエンタルピー変化というのは、定圧条件では相変化による1molあたりの吸熱量に相当します。
つまり、吸熱量の正負と、体積変化の正負の具合によって、共存曲線の傾きが変わります。

まず、固→気(気化)を考えてみます。これは一般に吸熱反応で、体積は急激に上昇します。
つまり、どちらも正なので、dP/dT > 0 となり共存曲線は右肩上がりとなります。

次に、液→気(蒸発)を考えてみます。これも一般に吸熱反応で、体積上昇します。
結局これも dP/dT > 0 となり共存曲線はふつう右肩上がりとなります。

最後に、固→液(融解)を考えてみます。これも一般に吸熱反応です。
体積に関しては、ふつうは上昇し、ふつうは共存曲線は右肩上がりとなります。
しかし、世の中には融解することで体積が減少する奇異奇特な物質があるのです。
水ですね!
水は氷のほうが体積が大きいので融解すると体積が減少します。
つまり、吸熱反応かつ体積減少となりdP/dT < 0 すなわち、水の固液共存曲線は右肩下がりなわけです。
これはつまりどういうことかというと、「圧力をかけると溶ける」ということです。
圧力をかけると溶けるという水の性質は、氷の体積の大きさに起因するわけです。

さて、またまたクラジウス・クラペイロンの式に戻ってきましょう。

凝縮相・気相の二相共存では、気体の体積が圧倒的に大きいため、\(\Delta V_m \approx V_{m,g}\)と気体のモル体積で近似できます。
そのため、クラジウスクラペイロン式はもっと簡単になり、 $$\frac{\mathrm{d} P}{\mathrm{d} T} = \frac{\Delta H_m}{T V_{m,g}}$$ ここで、気体は理想気体だとすると、状態方程式から、 $$V_m = \frac{RT}{P}$$ を代入すると、 $$\frac{\mathrm{d} P}{\mathrm{d} T} = \frac{\Delta H_m P}{RT^2}$$ 右辺のPを左辺にもってきて、\((1/P) (dP/dT) = d(\ln P)/d\)であることを考えれば、 $$\frac{\mathrm{d} \ln P}{\mathrm{d} T} = \frac{\Delta H_m}{RT^2}$$ という式ができます。
一般に、相変化のエンタルピー変化は温度にほとんど依存しないので、定数とみなしてTで両辺積分すると、 $$\ln \frac{P}{P_o} = -\frac{\Delta H_m}{R} \left( \frac{1}{T} - \frac{1}{T_o} \right)$$ となり、気液共存曲線の式が得られます。これはすなわち飽和蒸気圧曲線でもあります。

おわりに

ここまでで、院試の熱力学分野はほとんど解けるはず…。 クラジウスクラペイロン式は少々特殊ですが、基本は化学ポテンシャルの釣り合いです。

ちなみに言っておくと、院試であとすべき物理化学分野の範囲は、

  • 量子化学(1次元箱の波動方程式、ヒュッケル近似による共役系の波動関数、錯体化学、原子のエネルギー準位)
  • 速度論(ミカエリス・メンテン式、1次反応)
  • 分光学(IR,UV,NMR,MS,ES)

かな!

参考文献

  • 現代熱力学―熱機関から散逸構造へ (イリヤ・プリゴジン) [朝倉書店]
  • 化学ポテンシャルと平衡定数 (http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/metadb/up/81936204/Refthermo_G.pdf)


published : 2014-7-20
revised :